Webになる

約束よりかなり早く着いてしまい、スマートフォンを見ていた。平日の、夕方から切り替わるとき、宮益坂の交差点にはたくさんの人が行き交っていた。アスファルトに塗られた白線が消えかかっている。車や人の通りの多さが、横断歩道の劣化として記録されている。かすかな痕跡が集まって、世界の実感はつくられる。

接近、通路、入口、入手、入場、利用。情報システムや情報媒体に対して接触・接続を行うこと。コンピューターで、記憶装置や周辺機器にデータの書き込み、または読み出しをすること。コンピューターで、記憶装置に対してデータの読み出しや、書き込みを行うこと。ある場所へ行く経路。目的地までの交通手段。また、交通の利便性。交通手段の接続。交通手段への到達容易度。ある地点や施設への到達容易度。ある場所への近づきやすさ。また、インターネット上の情報などに接すること。ある情報やサービスなどの利用しやすさ。製品、システム、サービス、環境及び施設が、特定の利用状況において特定の目標を達成するために、ユーザの多様なニーズ、特性及び能力で使える度合い。誤解を恐れずにいえば、Webはアクセシビリティのために存在するメディアなのです。

スマートフォンを見ていると、サチコ?と声を掛けられた。顔を上げると、外国人の女性と目が合って、すこし離れた場所から、その家族らしき人たちが大きなスーツケースといっしょにこちらを見ている。外国人の女性は、わたしが聞き取れない言葉を話しているが、サチコ?という固有名詞と、疑問形であることだけはわかった。通じない時間がしばらく続いたあと、思い立って、手元のスマートフォンにsachikoとか、渋谷とか入力してみると、Google検索の結果に忠犬ハチ公の画像が表示された。サチコじゃなくて、ハチコウだ。わたしはからだを大きく動かして、交差点を右へ曲がるように伝えた。外国人の家族は、笑顔で手を振って歩いていった。そのとき、わたしはWebになった。

ぜんぜん別の場所にあるものが、重なって見える。いま起こっていることが、いつか体験したことのように感じられる。速すぎてよく見えないけど、出会った瞬間に別れている。それを繰り返している。からだの輪郭が高速に振動して、中と外が入れ替わっている。なんども死んでは、生まれ変わっている。それはそれとして、わたしたちはきょうも暮らしていかないとならないから、便宜上こんなことをアクセシビリティと呼んでやりすごしているわけなのだが。


毬藻企画合同会社のオンラインイベント毬藻カーニバル2026」で朗読するために書いた詩。

表現の一部は、以下の文献を参考にしました。

  • 松村明 編『大辞林 第三版』三省堂、2006年
  • 北原保雄 編『明鏡国語辞典 第三版』大修館書店、2021年
  • JIS Z 8521:2020「人間工学 ─ 人とシステムとのインタラクション ─ ユーザビリティの定義及び概念」
  • 伊原力也・小林大輔・桝田草一・山本伶 著『Webアプリケーションアクセシビリティ ─ 日から始める現場からの改善』技術評論社、2023年

また、「誤解を恐れずにいえば、Webはアクセシビリティのために存在するメディアなのです。」の一文は、『Webアプリケーションアクセシビリティ』p.5から引用しました。